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Hideya Tanaka

Issue 169 - アジアから欧米へのスーパーアプリの逆輸入

今回のSeattle Watchでは、アジアで拡大を続けるスーパーアプリについて見ていきます。最近Twitterを買収したElon Musk氏がEverything App(万能アプリ)を構想するなど、スーパーアプリの流れが今後欧米にも広がることが期待されています。

 

Gartnerでは、2022年の10月に「2023年の戦略的テクノロジー動向のトップ10」を発表しています。これは、今後5年から10年間に大きな破壊とビジネス機会をもたらすテクノロジーの予測で、次の10項目が取り上げられています。今回のSeattle Watchでは、これらの中から「スーパーアプリ」を取り上げてみたいと思います。

  1. デジタル免疫システム(システムの耐障害性と安定性の向上)

  2. アダプティブ・オブザーバビリティ(データの可観測性)

  3. AIの信頼、リスク、セキュリティ管理(AI TRISM)

  4. インダストリークラウドプラットフォーム

  5. プラットフォーム・エンジニアリング(セルフサービス型の開発プラットフォーム構築)

  6. ワイヤレスの高付加価値化(5Gなどのワイヤレスソリューションの活用)

  7. スーパーアプリ(後述)

  8. アダプティブAI(環境変化に迅速に対応するために、AIを自律的に学習させる手法)

  9. メタバース(物理的現実とデジタル化された現実の融合によって作り出される仮想共有空間)

  10. 持続可能なテクノロジー(SDGsやESGに関する活動をサポートするテクノロジー)


スーパーアプリとは、1つのアプリケーション内でアプリ、プラットフォーム、エコシステムの機能を組み合わせたものです。単一のアプリ機能(例:チャット機能や決済機能)だけでなく、サードパーティ向けに、独自のミニアプリ(スーパーアプリ内でダウンロードなしで利用できるアプリ)を開発・公開できるプラットフォームも提供しています。そして、豊富なミニアプリによって独自のエコシステムを形成し、ユーザーを囲い込むというのがスーパーアプリの主な特徴です。ユーザー目線では、1つのアプリで様々な機能が使用でき、複数のアプリをダウンロードしたり、アプリごとにIDやパスワードを作成したり、複数のアプリを立ち上げたりする必要がないため、ユーザー体験がよりスムーズになるというメリットがあります。Gartnerでは、2027年までに世界の人口の50%以上が日常的に複数のスーパーアプリ(多くはモバイル)を頻繁に利用すると予測しています。 https://ampmedia.jp/2022/06/12/super-apps/


代表的なスーパーアプリには、中国発のWeChatやインドネシア発のGojekなどがあります。WeChatは、テンセントが2011年にインスタントメッセージアプリとして開発しましたが、今では月間アクティブユーザー12億5,000万人のスーパーアプリに進化しています。WeChatでは、メッセージ機能だけでなく、決済、送金、配車、ゲーム、レストランやチケットの予約などの多機能を備えています。Gojekは、2010年の創業当時は20台のバイクタクシーからスタートしたライドシェアサービスですが、今では東南アジア5カ国で200万人以上の提携ドライバーを抱えています。Gojekも、フィンテック、フードデリバリー、フィットネス、イベントチケット、ライブストリーミングなどの幅広い機能を持っています。最近では、マレーシアの格安航空会社であるエアアジア・グループが独自のスーパーアプリを展開し、旅行予約、Eコマース、フードデリバリー、金融サービス、ヘルスケア、オンデマンド教育などさまざまなサービスを提供しています。日本では、決済サービスのPaypayを運営するYahooと経営統合したLINEが日本を代表するスーパーアプリになる可能性があります。 https://www.phocuswire.com/AirAsia-Google-unite-to-push-super-app-potential


スーパーアプリは、BlackBerry(カナダの携帯端末メーカー)の創設者であるMike Laraidis氏が2010年に提唱した概念ですが、この10年の間に欧米ではなくアジア圏で急拡大している点が興味深いです。なぜアジア圏なのかの理由については、さまざまな考察がされています。よく挙げられるのが、アジア(特に東南アジア)のモバイル中心のデジタル経済です。この地域では、PCがないところにいきなり携帯電話やスマホが入ってきて、モバイルオンリーの風土が醸成されています。また、銀行口座を持たない層が多いことも、送金を中心にモバイルベースのフィンテックが普及して、スーパーアプリへの拡張につながったという見方があります。もう1つは、プライバシーの問題です。アジア地域では個人情報に関する規制や法律が比較的緩く、GDPR(EU一般データ保護規制)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)など個人情報保護や規制が厳しい欧米よりも、アプリ間を超えたシームレスなデータ連携が不可欠なスーパーアプリが拡大しやすかったという見方です。中国は少し特殊な事情で、米中対立の影響によって米国のアプリが規制されており、独自のスーパーアプリを作る流れが生まれてきています。 https://business.nikkei.com/atcl/plus/00010/101800018/


アジアで拡大を続けるスーパーアプリですが、欧米にもこの流れが波及しつつあります。特に注目を集めているのは、先日440億ドルでTwitterを買収したElon Musk氏が構想するEverything App(万能アプリ)です。同氏は、このアプリをXと名付けているようで、2022年10月には、「Twitter買収により、Xの開発が促進されるかもしれない。」とツイートしています。米国ではスーパーアプリは普及していないため、Musk氏は、先ほど紹介したWeChatなどを参考にしながら、米国初のスーパーアプリを作ろうとしていると言われています。また、Forbes誌の記事では、Walmartなどの大手リテール企業がスーパーアプリを作る見込みがあるのはないかと述べています。なぜなら、Walmartは、スーパーアプリの主要なターゲットになりうる非都市部の低・中所得者層を顧客に抱えており、また業界横断的な統合サプライチェーンを構築してきた数十年の経験を持っているからです。 https://www.businessinsider.com/elon-musk-twitter-super-app-x-2022-10


これまでは、GAFAをはじめとする欧米のテック企業をアジア圏の企業が模倣するという流れが続いていました。しかし、スーパーアプリに関しては、欧米で発明されたサービスがアジアで新しい発展を遂げて、欧米に逆輸入されるという現象が起きています。この背景には人材の流動性も深く関わっていると思います。例えば、東南アジアのスーパーアプリであるGojekとGrabの創設者らは、米国のハーバード・ビジネススクールの卒業生であり、欧米のビジネスを学んだ経験を母国に持ち帰っています。イノベーションを起こすためのビジネスセンスやインテリジェンスを培うには、最先端の市場に直接身を置くことが重要と言われています。日本のビジネスパーソンもより積極的に海外に出て、他国から積極的に学び・吸収し、国内に還元していくことが、これからの日本のビジネス発展においても不可欠な要素になるのではないかと深く思います。



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