今回と次回のシアトルウォッチでは、「Future of Streaming: The Convergence of OTA and OTT」というタイトルのWebrain Reportの概要を紹介したいと思います。前編にあたる今回は、動画配信市場における「サブスク疲れ」の実態と急速に広がるAVODやFASTと呼ばれるサービスについて紹介していきます。
今年の4月19日に、動画配信サービス大手のNetflixが過去10年で初めて会員数を減らしたことが大きな話題となり、同社の株価は1日で30%(時価総額で約7兆円)も暴落しました。Netflixは一時期は年間2,500万人の会員増を記録するなど驚異的な成長を見せてきましたが、2022年1月から3月では会員数が20万人減り、4月から6月には200万人減る見通しを示しており、大きな岐路に立たされています。 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-04-20/RAN4JWT0G1L601
毎月定額料金を支払えば、そのサービス内で配信されている動画コンテンツを見放題で楽しめるサービスは、SVOD(Subscription Video on Demand)と呼ばれ、NetflixがDisney+やAmazon Prime Video等とともにこの市場を牽引しています。しかし、Netflixの失速の背景には、多くの消費者がサブスクリプション(定額制)サービス利用に疲れ始めたことがあると考えられています。
サブスク料金の一括管理や不要なサービスの解約ができるアプリを提供するTruebillによると、2021年7月にサブスクの平均解約件数が2015年の創業以来初めて新規契約件数を上回ったと報告しており、同社のCRO(最高収益責任者)であるYahya Mokhtarzada氏は「消費者は財布のひもを引き締め、支出先を絞り込む姿勢を強めている。サブスクのピークはもう過ぎてしまったかもしれない。」と述べています。 https://www.reuters.com/markets/europe/peak-subscription-red-flag-us-economy-markets-2022-04-27/
サブスク疲れの中で注目が高まっているのが、AVODやFASTと呼ばれる広告型動画配信サービスです。AVOD(Advertising Video on Demand)は、企業からの広告掲載によって配信事業者が収益を得て、視聴者は無料で動画が視聴できる配信形態(例:YoutubeやTubi)で、FAST(Free Ad-supported Streaming TV)も、AVODと同様に広告が収益源としたサービス(例:Pluto TVやRoku Channel)ですが、オンデマンドだけでなく、テレビ放送のようなライブ放送やリニア放送での視聴体験も提供しています。 https://digiday.com/future-of-tv/wtf-is-fast/
Rokuの調査では、約7割の回答者が「サブスク費用が下がるならAVODにお金を払う。」と答えており、PwC USが行った別の調査でも、約半数の人々が「自分に関連性のある広告のためなら、個人情報を共有してもよい。」と答えていることから、広告型動画配信サービスへのシフトが進んでいくように思えます。 https://www.thedrum.com/news/2021/09/09/roku-study-evidences-strong-hunger-avod-streaming-including-the-ads
実際、広告型の動画配信サービス市場の動きはここ数カ月でさらに加速しており、Disneyは今年の3月にこれまでサブスクプランのみで提供していたDisney+に安価な広告付きプランを2022年の後半から導入する計画を発表し、Netflixも4月に広告付きの低価格有料プランを今後1年から2年の間に実現する計画を発表しています。このようなサブスク型と広告型のハイブリッドモデルはすでにHuluやHBO Max、そしてParamount+などのプレーヤーが採用していますが、高所得者層やヘビーユーザーだけでなく、価格に敏感でライトな消費者にもアプローチできるため、このハイブリッドは今後の動画配信市場において主流になっていく可能性があります。
ただ、動画配信事業者にとってサブスク型と広告型の2つのマネタイズ方法をもつことには、メリットだけでなくデメリットも存在します。RokuのPartner Growth部門のディレクターであるMike Gamboa氏氏は、このハイブリッドモデルは、顧客がサービスを利用する上でのエントリー障壁を下げたり、サブスクと広告収入という複数の収益源を確保できる点は魅力的であると述べる一方で、2つのビジネスモデルを運用するには異なるケーパビリティーが必要になるという運用面での課題を指摘しています。
例えば、NetflixはSVODに特化することで、サブスクに必要な顧客獲得から解約率の管理まで極めて優れたケーパビリティを誇ってきましたが、広告型モデルを導入する場合には、DSP(広告主の広告効果最適化を支援するプラットフォーム)などの企業との効率的な広告取引のためのシステムや、ダイナミック広告挿入などのパーソナライズされた広告を、視聴体験を損なうことなく挿入するためのテクノロジーを強化する必要が出てくるため、新しいインフラや人材への投資が必要になってきます。
今回は、動画配信市場におけるサブスク疲れと、広告モデルを活用したオンデマンドやリニアでの動画配信サービスの成長について紹介しましたが、ビジネスモデルの多様化という観点では、どの市場の企業にとっても参考になるのではないでしょうか?今回は取り上げませんでしたが、動画配信市場には他にもTVOD(Transactional Video on Demand)、PVOD(Premium Video on Demand)、EST(Electronic Sell Through)など多様なビジネスモデルが存在します。消費者としてではなく、ビジネスの視点で、この市場のプレーヤーがどのようなビジネスモデルやコンテンツのデリバリー方法で消費者を魅了し続けていくのかを研究してみるのも面白いかもしません。
<AVODやFASTのプレーヤー>
Roku Channel by Roku (https://www.roku.com/en-gb/)
Rokuはメディアストリーミング端末やコネクテッドTV向けのOSを開発しており、同社のプラットフォーム上では、NetflixやDisney+などのストリーミングサービスにアクセスできる。同社は独自のAVODサービスであるRoku Channelを2017年から提供しており、オリジナルコンテンツを含む映画やドラマを無料で視聴できる。2021年末のRoku全体のアクティブアカウントは6,000万人。
Paramount+ by Paramount (https://www.paramountplus.com/intl/)
Paramount(旧ViacomCBS)はグローバル展開するマルチメディア企業で約180ヵ国で7億人にリーチ。同社の定額制ストリーミングサービスであるParamount+は、2014年に開始したCBS-All Accessを前身としており、映画やTVドラマだけでなくスポーツ中継やニュース、CBS局のライブのローカルコンテンツなども配信。広告なしで視聴できる月額9.99ドルのPremiumプランと、広告ありの月額4.99ドルのEssentialプラン(視聴できるコンテンツに一部制限あり)がある。2021年末での加入者は3,280万人。
Peacock by Comcast (https://www.peacocktv.com/)
Peacockは、Comcast傘下のNBCUniversalが所有するストリーミングサービスで、オリジナルコンテンツを含む映画やTVドラマ、2022年の冬季オリンピックを含むスポーツ中継やニュースを配信。広告付きで視聴可能なコンテンツに制限のあるFreeプラン、広告付きで全てのコンテンツを視聴できる月額4.99ドルのPremium版、広告なしの月額9.99ドルのPremium Plusの3つのプランがある。2021年末の有料プランの加入者は900万人で、月間アクティブユーザーは2,450万人。
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