SW 230 – 米国のプライベートコミュニティ
- Webrain Production Team
- 5 日前
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今回のSeattle Watchでは、「コミュニティ」をテーマに、先日発表されたSpaceXの企業都市「Starbase」、米国で広がるゲーテッド・コミュニティの動向、そして日本発のラウンドワンが米国社会で果たしている意外な役割についてご紹介していきます。
5月3日、テキサス州キャメロン郡で住民投票が行われ、イーロン・マスク氏率いる宇宙企業Space Xの開発拠点を含む一部地域が、「Starbase」と呼ばれる正式な自治体(市)として分離されることが決まりました。この新都市には、SpaceXの打ち上げ施設および同社が所有する約1.6平方マイル(約4.1平方キロメートル)の土地が含まれており、初代市長にはSpaceXの打ち上げオペレーション責任者であるボビー・ペデン氏が就任しました。他の2名の市政委員もSpaceX出身者です。
マスク氏がStarbaseを自治体化した背景には、同社の事業拡大と規制緩和を図る目的があるとされています。新たな自治体では独自の条例制定や、土地利用の決定が可能になるため、月や火星への有人飛行計画を見据えた開発や打ち上げの迅速化が期待されています。一方で、企業による都市運営が公式に認められたことで、マスク氏による私的統制の強化につながるのではないかとの懸念も出ています。Starbaseは、営利企業と公共性のバランス、住民自治や民主主義のあり方といった多くの社会的論点を投げかける事例として、国内外から注目を集めています。
実は、このようなプライベートな都市や町というのは、ゲーテッド・コミュニティ(Gated Community)という形で以前から存在しています。ゲーテッド・コミュニティとは、300や500、場合によっては1,000ほどの住宅のある地域を外部からアクセスできないようにフェンスや壁などで囲み、このコミュニティの居住者および、居住者から許された人しか出入りできないように制限する仕組みです。ゲーテッド・コミュニティでは、行政が担うサービスや機能を住民たちが担う自治機能があり、コミュニティ内のゴミ収集、道路や公園、プールなどの共有施設の管理などが住民からの会費や管理費によって賄われ、コミュニティの快適な生活環境を維持しています。一部の高級なゲーテッド・コミュニティでは、民間の消防・救急サービスを契約したり、敷地内に学校や病院を設置したりしている場合もあります。
米国におけるゲーテッド・コミュニティの起源は、1886年にニューヨーク州に建設された「タキシード・パーク」に遡ります。この地域は、高さ2.4メートル、総延長約39キロの有刺鉄線に囲まれた広大な高級住宅地で、富裕層を対象に開発されました。19世紀後半のニューヨークでは、都市の工業化が進み、工場労働者の需要が急増しました。その結果、移民をはじめとする貧困層が職を求めて大都市に流入し、人口が急増したことで治安が悪化していきました。このような都市環境の変化を背景に、富裕層は、貧困層の居住地から隔絶された安全で快適な専用住宅地を求めるようになりました。こうして誕生したのが、排他的な住宅地としてのタキシード・パークであり、米国におけるゲーテッド・コミュニティの原型とされています。
しかし、1970年代に入ると、このようなゲーテッド・コミュニティが中流階級にも手の届くものとなり、この時代の「高級不動産志向」や「レジャー志向」とも連動して、敷地内にゴルフコースなどを備えた新しいゲーテッド・コミュニティが登場していきました。現在は、約1,500万人の米国人(人口の約4%)がゲーテッド・コミュニティに住んでおり、特にカリフォルニア州、フロリダ州、テキサス州でその割合が高くなっています。有名な地域には、カリフォルニア州のHidden HillsやMalibu Colony、フロリダ州のGolden Beach、テキサス州のPreston Hollowなどがあります。
ゲーテッド・コミュニティに住む人々が最も重視しているのは、敷地内にあるゴルフ場やクラブなどのラグジュアリーな施設や、特権的な住民同士の交流ではなく、プライバシーの確保と安全性であることが分かっています。つまり、ゲーテッド・コミュニティが広まり、定着している背景には、頻発する犯罪への不安を抱えながら、少なくとも自分や家族だけは守りたいと願うアメリカ人の切実な思いが反映されているのです。しかし、これが今の分断するアメリカを助長していることも否定できません。
では、フェンスや壁で囲うよりももっと実質的に犯罪防止の効果がある町づくりをすることはできないのでしょうか?都市プランナーたちが提唱するのは、「サスティナブル・コミュニティ」や「ニュー・アーバニズム」と呼ばれる考え方で、地域住民の団結意識やつながりといった社会資本を増やすことが自然に犯罪を防止する町づくりにつながるというものです。
このようなコミュニティの絆を米国で強くしているのは、意外にも日本のラウンドワンかもしれません。日本の大型アミューズメント施設であるラウンドワンは、実は国内のみならず、アメリカに56店舗、中国に4店舗を展開し、海外進出に成功しています。2025年3月期上半期における米国事業の売上高は、前年比5.2%増の176.5億円と好調な売り上げを記録しており、毎年店舗数を増やしています。
最近Xで話題となったのが、ある投稿です。それは「ラウンドワンがアメリカに進出して大成功し、その地域の若者による薬物使用や非行が減ったというのは、もっと知られても良い話だ」というものでした。この投稿が、どこまで米国の若者のリアリティを反映しているかは定かではありませんが、ラウンドワンが現地で「安全な居場所」として機能していることは確かなようです。社会学者の中山淳雄氏によれば、これまでアメリカ社会で安全な居場所とされてきたショッピングモール、学校、教会、図書館といった施設が衰退あるいはその機能を失いつつある中で、ラウンドワンはその代替的役割を果たしつつあるといいます。店舗には、しっかりと教育を受けたスタッフが配置され、安心・安全を第一に考えた運営体制が整えられており、地域住民にとっての交流の場としても機能していると考えられます。
今回紹介した、Space XのStarbaseやゲーテッド・コミュニティが今後どのような動向を見せていくのかは引き続き追いかけたいと思いますが、ラウンドワンのような新たな社会インフラとしてのコミュニティが今後の米国が向かうべき方向かもしれず、日本のエンターテインメントやソフトパワーが果たす役割も十分に大きいように感じます。
Webrain Production Team
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