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SW 229 – ライブコマースの未来

  • Webrain Production Team
  • 15 時間前
  • 読了時間: 6分

今回のSeattle Watchでは、ライブコマース市場の現状について概観していきます。TikTokがEC事業「TikTok Shop」を2025年6月より日本で展開することを発表しており、国内でライブコマース市場への関心が一層高まってきています。中長期的には、バーチャルヒューマン、マシンカスタマー、Agentic AIなどのテクノロジーの進化により、これまでの消費行動が大きく変容していく可能性が高まっています。

 

世界のライブコマース市場規模を見ると、やはり中国が突出しています。中国では2017年時点では市場規模が196人民元(約392億円)でしたが、2023年には約4兆9,168億人民元(約98兆円)に急拡大しています。同市場では、抖音(Douyin:ByteDance社が運営する中国版TikTok)、快手(Kuaishou)、淘宝直播(Taobao Live:Alibaba傘下のECサイトのライブ機能)3社の流通総額が全体の97%にあたる約4.5兆元(約90兆円)と推計されており、寡占的な構図になっています。米国市場も着実に拡大しています。2022年には約200億ドル(約2.8兆円)でしたが、2023年には500億ドル(約7兆円)と2.5倍に急成長しています。2026年には680億ドル(約9.5兆円)に達する予測もあり、中国に次ぐ存在感を示しています。


ライブコマースの成長を牽引するのは、ECの普及や消費者に浸透しつつあるライブ配信による購買習慣です。日本のライブコマース企業Cellestの代表である佐々木宏志氏は、ライブコマースは単なるECの延長ではなく、ショッピング体験を楽しむ新しいエンターテインメントだと指摘しています。それを支えるのが、ライブコマーサー(ライブコマースを通じて商品やサービスを販売するプロの出演者)の存在です。佐々木氏は、知名度のあるYouTuberやインフルエンサーがセカンドキャリアとしてライブコマーサーを選ぶケースも多く、「人気ライブコマーサーはいわばECのカリスマ店員」だと分析しています。


日本のライブコマース市場は、2023年時点で約3,000億円と推定されており、まだ伸びしろがあります。そのような中、TikTokがEC事業「TikTok Shop」を2025年6月より日本で展開する予定であると発表しています。TikTok Shopとは、ショート動画プラットフォームのTikTok上で商品購入まで完結できるEC機能のことで、動画やライブ配信を視聴しながらその場で商品の購入手続きを行える仕組みです​。既に米国、英国、東南アジアなど多数の国でサービス提供されており、急成長しています。一部の国では、Fulfilled by TikTok(FBT)というTikTokがセラーに代わって在庫・包装・物流配送をワンストップで行うサービス(AmazonのFBAに相当)も提供されています。


TikTokの親会社ByteDanceによると、TikTok Shopの2024年の流通総額は400億ドル(約6兆1,000億円)を超えたと報じられています。特に東南アジア市場での成長が著しく、ショート動画とECの融合によってシェアを大きく伸ばしています。現在、日本のTikTokは3,300万人以上の月間アクティブユーザーを有しており、18~34歳のユーザーが62%を占めています。さらに、1日当たりの平均使用時間は96分間で、YouTube(82分間)およびInstagram(54分間)を上回っています。この若年層に対して、TikTok Shopの手法が日本でどこまで機能・浸透するのかが注目されています。


より中長期的な目線でライブコマースの市場を見てみると、AIを活用したバーチャルヒューマン(デジタルヒューマン)が登場し始めています。バーチャルヒューマンによるライブコマースは、場所も事前のリハーサルも不要で、簡単な商品内容を入力すれば、人間そっくりのキャラクターが商品を紹介し、視聴者と対話してくれます。民間調査会社のiiMedia Researchによると、中国におけるデジタルヒューマン関連市場は2023年に約3,334億元(約6兆7,000億円)規模に達し、2025年には6,402億元(約12兆8,000億円)に拡大すると予測されています。これは、ライブコマーサーや配信チームの人件費やライブ配信機材にかかるコストを大幅に抑えて、低コストでライブコマースを量産する時代がやって来ていることを意味しています。


中国ではその可能性が既に実証されつつあります。2024年の4月に、中国EC大手の京東(JD.com)では、創業者の劉強東(リウ・チアンドン)氏のAIデジタルヒューマンが登場し、食料品から家電、書籍まで自ら商品のセールスを行いました。このデジタルヒューマンは、短時間のスピーチ及び日常会話の映像と音声を素材に訓練されたもので、ライブ配信の脚本は、AIが多くの商品などの情報を学習して生成しています。また、デジタルヒューマン自身が商品在庫の変化をリアルタイムでチェックし、配信中のセールストークを調整することも可能で、例えば、在庫のない商品の説明を飛ばしたり、人気商品の説明の頻度を上げたり、ライブ配信での視聴者とのやり取りの頻度を調整することができると言います。同社によると、ライブ配信開始から1時間足らずで視聴者数が2,000万人を超え、流通取引額は5000万元(約11億円)を超えたと発表しています。


バーチャルヒューマンの活用には、依然としていくつかの課題が残されています。例えば、人間に極めて近い外見や動作を持つことで逆に違和感や嫌悪感を抱かせる「不気味の谷現象」を、バーチャルヒューマンがどこまで克服できるかは依然として重要な論点です。また、人間のライブコマース配信者が持つカリスマ性や、視聴者の感情に寄り添う共感力といった要素を、どの程度まで代替・補完できるのかについても、今後の検証が求められます。また、法的な整備も必要であり、中国のライブコマース運営企業の快手電商はバーチャルヒューマンのライブ販売基準を発表し、販売行為の規制や責任範囲の明確化などを進めています​。


バーチャルヒューマンによるライブコマースのその先を考える上で注目されているのが「マシンカスタマー」という概念です。以前のSeattle Watch(こちら)でも紹介したように、マシンカスタマー(機械顧客)とは、機械が人間や企業の顧客に代わって、対価を支払い商品・サービスを入手する経済主体を指します。この概念を提唱した民間調査会社のGartnerでは、マシンカスタマーが2030年までに数兆ドル規模の購買に直接関与または影響を及ぼすと予測しています。さらに、2028年までに150億個以上のコネクテッド製品が自ら顧客として行動し、所有者のためにサービスや消耗品を購入する可能性があるとも述べています。


マシンカスタマーの活用シーンは、購入対象となる製品やサービスの種類によって左右されると考えられますが、今後の企業は、従来の人間顧客に加え、マシンカスタマーという新しい顧客層に向けたセールスやマーケティングの戦略構築が求められるかもしれません。つまり、製品やサービスの質だけでなく、ストーリー性や感動を含めた顧客体験を売りにしていたブランドは、今後は、マシンカスタマーの琴線、例えば、レビュー件数、評価スコア、比較可能なスペック情報などの判断基準に訴求する新たなUXを設計していく必要がありそうです。


このマシンカスタマーの時代にライブコマースはどのように進化していくのでしょうか?一つのシナリオとして考えられるのは、AIアシスタントが消費者に代わってライブコマースに参加する未来です。例えば、ユーザーの嗜好や購買履歴を学習したAIショッピングエージェントが、関連するライブ配信を視聴し、チャットで質問し、最適と判断した商品を自動で購入するといった行動が可能になるかもしれません。また、企業側のバーチャルヒューマンとユーザー側のAIアシスタントが商談を交わすような光景も現実味を帯びてきています。


これらの将来像は、AIや機械との協働を前提としたユーザーエクスペリエンスの設計が、企業の競争力を左右する重要な要素となることを示唆しています。もっとも、購買体験をエンターテインメントとして楽しむライブコマースが、ルールやロジックを重視するマシンカスタマーに完全に取って代わられることはなく、人間向けのエンタメ性とマシン向けの合理性の両者が共存する市場が広がっていくはずです。こうした少し先のコマースの世界を意識しながら、自社の販売戦略や組織体制を振り返ってみてはいかがでしょうか?


Webrain Production Team

 
 
 

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