スタートアップへの投資は世界的に低迷が続いていますが、AI関連のCVC投資が活発化しています。今回のSeattle Watchでは「グローバルなCVC投資の現状」と「米国CVCから学べること」について紹介していきます。
スタートアップへの投資は、世界的に低迷が続いています。2024年の第二四半期(4月~6月)では、スタートアップの資金調達額は2四半期連続で増加し、前四半期比8%増の657億ドルに達したものの、調達件数は6,230件と9四半期連続で減少しており、これはピーク時(2022年第1四半期)の半分以下です。スタートアップ投資は決して好調とは言えませんが、最近はコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)による投資が活発化しています。
※コーポレートベンチャーキャピタル(CVC):事業会社が自己資金でファンドを組成し、主に未上場のスタートアップに出資や支援を行う活動組織
CB Insightsによると、2024年の第二四半期におけるCVCを通じた資金調達総額は156億ドル(約2兆3,000億円)で、2四半期連続で増加しています。特に、1回の調達額が1億ドル以上のメガラウンドが全体の54%を占めており、AI関連スタートアップがこの動きを牽引しています。その一方で、CVC出資ラウンドにおけるヘルステック企業の調達額は前四半期比57%減の6億ドル、リテールテック企業は52%減、フィンテック企業も8%減となっており、AIに注力していない企業は資金調達で苦戦を強いられています。
メガラウンドでCVC投資を受けたスタートアップ企業
Scale AI (https://scale.com/)
機械学習におけるデータのラベリング(アノテーション)、キュレーション、およびクリーンアップ、機械学習モデル構築と監視の支援などサービスを提供する米国サンフランシスコの企業。2024年5月のシリーズFで、Intel Capital、AMD Ventures、Cisco Investment、ServiceNow Venturesなどから10億ドルを調達。
Wiz (https://www.wiz.io/)
元イスラエル軍の4人が設立したサイバーセキュリティ企業で、クラウドセキュリティに特化しAPIベースのサービス(企業はクラウド内の全データをスキャンして、セキュリティリスクを検出し、優先順位を付けて対応できる)を提供。2024年5月のシリーズEで、Salesforce Venturesなどから10億ドルを調達。
AlphaSense (https://www.alpha-sense.com/)
AIとNLP(自然言語処理)技術を活用したマーケットインテリジェンスおよび検索プラットフォームを提供する米国ニューヨークの企業で、世界の大手企業や金融機関の専門家がより賢明なビジネス判断を下せるよう支援。2024年6月のシリーズFで、CapitalG (Alphabet傘下の独立した成長ファンド)などから6.5億ドルを調達。
Mistral AI (https://mistral.ai/)
Meta社の元従業員やGoogle DeepMindの元研究者によって設立されたフランスのAIスタートアップで、オープンソースの大規模言語モデル(LLM)と生成AI技術を開発。2024年6月にNVIDIA、Cisco Systems、IBMなどから6億ドルを調達。
Cohere (https://cohere.com/)
エンタープライズに特化した生成AIを提供するカナダのオンタリオ州の企業で、大規模言語モデル(LLM)の弱点であるハルシネーション(幻覚)への解決策であるRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)に強みをもつ。2024年7月に、Cisco、AMD、Fujitsuなどから5億ドルを調達。
Vercel (https://vercel.com/)
Webサービスやアプリのフロントエンドを構築するためのフレームワークを提供する米国サンフランシスコの企業。2024年5月のシリーズEで、Google Venturesなどから2.5億ドルを調達。
Sigma (https://www.sigmacomputing.com/)
企業がクラウドデータウェアハウス内のデータの分析と可視化に利用できるビジネス・インテリジェンス・プラットフォームを提供。米国サンフランシスコの企業。2024年5月のシリーズDで、Snowflake Venturesなどから2億ドルを調達。
CVCの原型は、1914年に米国の化学メーカーであるDu Pontが、当時スタートアップだった自動車メーカーのGeneral Motors(GM)に出資したことに始まります。その後、GMは急成長を遂げ、デュポンの商材である合成革、プラスチック、ペンキなどの需要も大きく伸びました。これが、「財務リターンをあげると同時に、企業の戦略リターンも達成する」というCVCの基礎となる考え方の誕生に繋がりました。日本企業でもCVCの立ち上げは一挙に増えましたが、不景気になると撤退してしまうCVCも少なくありません。その一方で、長期的に活動を続けるCVCもあり、彼らから学べることは多くあります。
まず、Intel Capital(https://www.intelcapital.com/ )は、明確な目標設定と長期的なコミットメントを実現できる体制を整えることで成功しています。1991年に設立されたIntel Capitalは、最盛期にはIntelの総利益の3分の1を占める37億ドルもの利益を計上しました。しかし、2001年にドットコムバブルが弾けた後、10四半期連続で損失を計上し、苦境に立たされました。それでも、当時のCEOはIntelの事業戦略を支えるデータ分野への投資を継続し、その結果として、57カ国1,500社以上のスタートアップに総額122億ドルを投資し、650社以上が上場または買収されるという優れた実績を残しています。
次に、Salesforce Ventures(https://salesforceventures.com/ )は、エコシステム思考をもって、相互扶助を意識した投資を行っています。具体的には、SFA(Sales Force Automation)やCRM(Customer Relationship Management)などの自社製品の売上につながる領域のスタートアップに5億ドル以上投資するだけでなく、投資先に対して自社の成長ノウハウや製品、チーム、顧客情報を積極的に提供しています。今のように資本が豊富な市場環境では、有望なスタートアップは投資家や株主を選べる立場にあります。そのため、「出資してスタートアップから技術やノウハウを得よう」という姿勢では、スタートアップ側を振り向かせることは難しいでしょう。CVCには「Give and Give」の姿勢でスタートアップと向き合うことがより求められています。
そして、Google Venturesは、明確な投資基準を持つことで、投資先企業のうち48社がIPOを果たし、160社以上がM&Aされるという成功を収めています。Google Venturesの元パートナーであるRich Miner氏は、「People First」(テクノロジーのバックグラウンドに関わらず、共に働ける人物であることを優先)や「Focus on three Ds: Design, design, design.」(創業者がプロダクトやUIに対するデザインを正確に把握し、開発にどれだけコミットできるか)といった基準で投資先を選定していると述べています。
スタンフォード大学アジア太平洋研究所の櫛田健児氏が指摘するように、企業ごとに強み、アセット、文化、技術は異なるため、CVCにおける唯一のベストプラクティスは存在しません。だからこそ、今回紹介した成功事例だけでなく、他社の失敗事例からも学ぶことが重要です。そして、昨今のAIブームに流されることなく、自社にとってのCVCの長期的な目的や投資期間を明確に定め、長期的なイノベーションツールとしてCVCを捉えることが、成功への鍵となるでしょう。
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