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Hideya Tanaka

SW 208 - テック富裕層の目指す世界

今回のSeattle Watchでは、TESCREALという言葉を紹介しながらテック富裕層が目指す世界について紹介していきたいと思います。彼らが目指す世界に期待を抱く一方で、その背後にある思想には偏りがあるのではないかという批判もあります。近年の目覚ましい技術の発展をより高い視座から見つめ直し判断していくことが重要になってきていると思います。

 

イーロン・マスクやピーター・ティールに代表されるテック富裕層たちは、高度化するテクノロジーを駆使することで、自分たちが理想とする世界をつくろうとしています。興味深いことに、その背後には彼らが信奉する哲学とも呼べる思想がいくつか存在しています。今年1月のSeattle Watch(こちら)で紹介した効果的加速主義(e/acc: effective accelerationism)も、その思想の一つです。


テック富裕層たちの思想を総称する概念として、2023年に哲学者のÉmile Torres氏と元GoogleのAI研究者であるTimnit Gebru氏は、「TESCREAL」(テスクリアル)という造語を提唱しています。TESCREALは思想の集合体で、単一のイデオロギーではなく、相互に関連し重なり合うイデオロギーの束という位置づけになります。


具体的に、TESCREALは次の7つの思想から構成されています。そして、イーロン・マスク、ピーター・ティール、マーク・ザッカーバーグ、サム・アルトマン(OpenAIのCEO)、マーク・アンドリーセン(著名なベンチャー・キャピタルであるa16zの共同創業者)といったテック富裕層は、これらの思想に対して、それぞれ異なる立場を示しています。


  1. トランスヒューマニズム(Transhumanism):遺伝子操作やサイバネティクス(生物や機械の通信工学と制御工学が融合させた総合的研究)などを利用して、人間の身体能力と認知能力を進化させ、人類の能力を前例の無い形で向上させようという思想。

  2. エクストロピアニズム(Extropianism):トランスヒューマニズムの一派で、知性や寿命、人間の可能性、幸福を無限に増大させるためにテクノロジーを利用するという考え方。

  3. シンギュラリタリアニズム(Singularitarianism):AIが人間の理解力や制御能力を超えて進化し、巨大な知性を持つ技術的特異点(シンギュラリティー)に達するという信念。

  4. 宇宙主義(Cosmicism):宇宙が根本的に合理的で理解可能であるという信念に基づき、宇宙空間の探査と資源の獲得、人類と宇宙とのつながり、地球外生命体と知性の可能性を受け入れる思想。

  5. 合理主義(Rationalism):信仰や伝統、直感ではなく、理性と論理、証拠を、知識や真理の第一の源泉とし、意思決定において感情や主観的な経験を最小限に抑えるべきだとする信念。

  6. 効果的利他主義(Effective Altruism):貧困や病気など他者の生活を改善し、人々の苦しみを減らすために、根拠と理性を用いて、最も効果的な方法を特定して、それに基づいて行動するという思想。AI利用については慎重な立場を取ることから、前述の効果的加速主義(e/acc: effective accelerationism)とは対立した考え方。

  7. 長期主義(Longtermism):現在の目先のニーズよりも、長期的な未来と将来の世代の幸福を優先する考え方。多くの場合、人類の生存や可能性を脅かしかねない存亡の危機を優先して対処するという思想。


TESCREALの各イデオロギーを踏まえながら、近年のテック系スタートアップ投資の動きを見てみると、テック富裕層たちが何を目指そうとしているかが、よりクリアに見えてくるのではないでしょうか?


トランスヒューマニズムやエクストロピアニズムに関連する動きとして、サム・アルトマン氏は、人間の健康寿命を10年延ばすことを目指しているRetro Biosciences(https://www.retro.bio/ )に昨年1億8,000万ドルを投資しています。また、宇宙主義という点では、イーロン・マスク氏は、「宇宙の本質を理解すること」を使命として掲げるxAI(https://x.ai/ )というAI企業を2023年に設立し、今年5月のシリーズBラウンドでは60億ドルの資金調達をしています。


また、長期主義を支持する人たちは、AGI(汎用人工知能)に対して懸念を抱いています。例えば、米国の研究機関であるCenter for AI Safety(CAIS)は、「AIによる滅亡リスクの軽減は、パンデミックや核戦争などの他の社会規模のリスクについてと同じように世界的な優先事項であるべきである」という声明をAI企業の経営者や政治家、科学者らと共同で発表しています。


TESCREALのような思想を信奉する人がいる一方で、それを危険な思想であると批判する人もいます。前述のGebru氏は、TESCREALを「優生思想」(人間には優れた者と劣った者が存在すると考え、優れた者の増産と劣った者の淘汰を目指す考え方)を生み出す危険性があると強く批判しています。つまり、これらの思想群は、内在化した差別思想、植民地主義、優生思想の萌芽を含んでおり、テック富裕層は、自分たちに都合がよい世界を現実化することを優先していると述べています。


テック富裕層たちの動きを見ると、彼らは社会からの声やニーズを拾って自らの行動方針を決めるのではなく、TESCREALのような崇高な思想を信奉し、自分たちの行動原理を正当化しているようにも見えます。これが良いか悪いかは一概には言えませんが、社会からのフィードバックを彼らの行動に反映させるような仕組みがないと、ディストピアのような未来を招く可能性もあります。


最近、生成AIを初めとするさまざまな新しいテクノロジーが次々と登場していますが、それらを単にビジネスを加速させるツールや手段として捉えるだけではなく、そのテクノロジーの背後にある思想やイデオロギーを鑑みた上で、それが自社の目指すべきビジョンや価値観と合致しているのかを議論することも、ますます重要になってきているように感じます。

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