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  • Hideya Tanaka

Issue 187 - シアトルに集積する核融合発電スタートアップ

エネルギー生産の「聖杯」とも呼ばれる核融合発電の市場が最近盛り上がっています。実はシアトル近郊には核融合発電の実現を目指すスタートアップ企業が集まっており、AmazonやMicrosoftを中心としたAIやクラウドのような新しいエコシステムができつつあります。

 

気候変動対策に向けた再生エネルギー投資が活発化する中で、核融合発電と呼ばれる新技術が注目を集めています。核融合発電は、水素やヘリウムといった軽い原子核同士を結合させることで、大量のエネルギーを放出させる「核融合」という手法を用いています。太陽や星の光も同じ現象でエネルギーを生み出していることから、エネルギー生産の「聖杯」(holy grail)とも呼ばれています。一方で、既存の原子力発電は、ウランやプルトニウムなどの重い原子を核分裂させてエネルギーに変換する「核分裂」という手法を用いています。


核融合と核分裂の違いはその安全性です。原子力発電は福島第一原子力発電所の事故があったように、その安全性が懸念されています。原子炉の中では核分裂反応が連鎖的に起こるため、制御棒などで暴走しないよう制御しながら運転する必要があります。一方で、核融合発電の場合は、核分裂のような連鎖的な反応は起こらないため、原理的に暴走が起こらない仕組みになっています。また、核融合発電では原子力発電と同様に放射線廃棄物が出ますが、その量は少なく、放射能が減衰する期間も短いと言われています。さらに、核融合では気候変動の原因となる温室効果ガスも排出しないため、クリーンであることも特徴です。 https://www.bbc.com/news/science-environment-63957085  


核融合発電は夢のような技術ですが、核融合反応を起こすには、超高温・超真空という特殊な環境が必要で、実用化されるのは2050年かそれ以降と言われていました。しかし、最近になって実用化のタイミングが2030年代半ばに早まるとの予測が出てきています。実際、核融合の世界市場は2022年の2,964億ドルから年平均成長率5.8%で成長し、2027年には3,951億4,000万ドルに達すると予測されています。 https://japan.zdnet.com/release/30876270/


核融合市場は欧米を中心に盛り上がっており、官民連携のプロジェクトや数多くのスタートアップが立ち上がっています。特に米国では、2022年3月に商業核融合エネルギーの実現を加速するための 10年戦略を策定することを政府が宣言しています。また、マサチューセッツ工科大学からスピンアウトしたCommonwealth Fusionは、ビル・ゲイツ氏を含む投資家から約20億ドル(約2800億円)を調達するなど、スタートアップ企業が自前の核融合炉を開発する動きも出ています。 https://www.whitehouse.gov/ostp/news-updates/2022/04/19/readout-of-the-white-house-summit-on-developing-a-bold-decadal-vision-for-commercial-fusion-energy/


Webrainが拠点を置くシアトル近郊でも複数のスタートアップ企業が核融合発電の実現に向けて取り組んでいます。例えばHelion Energyは、50MW(メガワット)以上の発電能力をもつ同社初の核融合発電所を2028年までに稼働させることを目指しています。同社はこれまで約5億8000万ドル(約812億円)の資金を調達しており、発電した電力をMicrosoft に供給する契約も締結しています。核融合反応を起こす技術には、磁気閉じ込め核融合、慣性閉じ込め方式、レーザーを用いた手法がよく知られていますが、同社はそのどちらでもなく、パルス非着火方式(核融合プラズマから直接電気を回収する)という独自の方法を開発することで、炉の小型化や低コスト化を実現しようとしています。


また、Zap Energyというスタートアップは、Zピンチと呼ばれる手法(プラズマを流れる電流がつくる磁場がプラズマ自体を圧縮し、核融合を起こすのに十分な高温高密度状態が作り出す)を用いた実験炉であるFuZE-Qを開発しています。同社は、2017年に設立され、これまでに約2億ドル(約280億円)の資金を調達しています。


シアトル周辺には他にも、Blue Origin(ジェフ・ベゾスが設立した航空宇宙企業)出身のエンジニアが設立したAvalancheや、カナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるGeneral Fusionといった核融合発電のスタートアップが次々と生まれています。また、京大発のスタートアップ企業である京都フュージョニアリングも今年になってシアトルに米国子会社を設立しています。


核融合発電という新しい再生エネルギーのエコシステムがシアトルで生まれようとしているのには、明確な理由があります。まず、シアトルには核融合の専門知識と研究を提供するワシントン大学やパシフィックノースウェスト国立研究所(米国エネルギー省の国立研究所)があり、それを商用化するアントレプレナーマインドをもった起業家が多くいることです。実際、前述したZap Energyは、ワシントン大学とローレンス・リバモア国立研究所の共同研究からのスピンアウトで、ワシントン大学のUri Shumlak教授らが起業家兼投資家であるBenj Conway 氏とともに2017年に設立したという経緯があります。


核融合発電はまだ馴染みのない領域かもしれませんが、他の脱炭素ソリューションとともに今から追いかけるべき領域のように感じます。また、シアトルを訪れた際には、核融合発電を中心に新たに形成されつつあるイノベーションのエコシステムをぜひ体感してほしいと思います。



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