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  • Hideya Tanaka

Issue 179 - 近年の米国におけるDEIトレンド

最近はDEIという言葉を聞かない日がないほど、ダイバーシティは企業経営の大きなテーマになっています。今回のSeattle Watchでは、米国における近年のDEIトレンドについて紹介していきたいと思います。

 

すでにご存じの人も多いかと思いますが、DEIとは、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包括性(Inclusion)の頭文字からなる言葉で、すべての人が安心して暮らせる社会をつくるために欠かせない要素です。企業経営の文脈においては、従業員それぞれが持つ多様な個性を最大限に活かすことが、より高い企業価値の創出につながると言われています。


一般的に、多様性(Diversity)は、人種、年齢、民族、国籍、ジェンダー、文化、宗教、障がい、学歴・職歴、ライフスタイルといったあらゆる違いを受け入れて尊重することを意味します。公平性(Equity)は、一人ひとりの個性や置かれている状況に応じて、情報、機会、リソースに全ての人が公平にアクセスして、挑戦できる機会を得られるように支援することを意味します。そして、包括性(Inclusion)は、多様性を担保する上で世の中には無意識な偏見や暗黙の偏見が存在しうることを認識し、どのような個人や集団であっても、尊重され、支援され、評価されるような環境を作ることを意味します。


また近年の米国では、DEIではなくDEI & Bと呼ぶことが増えてきています。新しく加わったBとは、帰属意識(Belonging)のことで、あらゆる個人が組織、地域、グループにおいて、自分がメンバーとして受け入れられているという安心感や心理的安全性が担保されている状態を示します。これまでのDEIに加えて、帰属意識(Belonging)に注目が集まっている背景には、従業員一人ひとりの視点に目を向けると、これまでのDEIの活動は企業からの一方通行の取り組みと見られる事が多く、自分たちが主体性や共感をもって取り組めていないことが考えられます。日本版SSIR(Stanford Social Innovation Review Japan)の編集長である中嶋愛氏は、「DEIの取り組みの主語を企業や組織ではなく従業員一人ひとり(わたし)に戻さなければいけない。」と話しています。 https://www.linkedin.com/pulse/若手の大量退職を防ぐdeibのbとは-muneaki-goto/?originalSubdomain=jp


そうした流れの中で、世界中の企業で増えてきているのがERG(Employee Recourse Group)です。ERGは従業員リソースグループと訳され、企業や組織の中で同じ属性や価値観をもつ従業員が主体となって運営するグループのことです。ERGには各属性を持つ当事者だけではなく、アライ(Ally)と呼ばれる支援者も参加することができます。実際、人種、ジェンダー、宗教、障がいなどの属性から、テクノロジーの活用、グルーバル化推進といった共通の課題意識まで、さまざまなERGが存在しています。こうしたボトムアップの取り組みは、従業員の帰属意識を高め、離職率の低下やエンゲージメントの向上にもつながっています。 https://www.greatplacetowork.com/resources/blog/what-are-employee-resource-groups-ergs


ERGの活動が盛んな企業には、ヘルスケア企業のJohnson & Johnsonや、ホテルチェーンのHiltonが挙げられ、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系といった人種を中心としたERG、女性、LGBTQ+や障がい者、退役軍人といった属性を中心としたERGなどが存在しています。日本でも、武田薬品においてTakeda Resource Groups(TRG)というボトムアップのアクションが行われており、子育てを支援する「子育て世代の輪」やキャリア形成を支援する「Career Link」といったERGが活動しています。 https://www.jnj.com/diversity/employee-resource-groups


McKinsey では、世界の企業は2020年時点でDEIへの取り組みに75億ドル(約9,675億円)を投じており、その規模は2026年までに154億ドル(約1兆9,866億円)に増加すると予測しています。そして、この市場の成長を加速させる存在としてDEIテックが台頭しています。ここでは、DEIテック企業のうち何社かを紹介します。


まず、Eskalera(https://eskalera.com/)は、独自の分析方法で、組織のDEIレベル(帰属意識・グロースマインドセット、信頼、発言力)を測定するプラットフォームや、その測定結果に基づいてカスタマイズされた学習ツールを提供しています。次に、Mathison(https://www.mathison.io/)は、エンド・ツー・エンドのDEIオペレーティングシステムを提供しており、DEIを実現するためのアクションプランの構築や進捗のトラッキングなどを可能にしています。また、人材採用の分野では、応募者のスキルや経験をDEIの観点から分析し、面接やSNS投稿で偏見や矛盾のある言葉を使用していないかチェックする機能、HR向けDEI トレーニングツールなどを提供しています。さらに、Included(https://www.included.ai/)は、採用、オンボーディング(新人教育)、昇進、給与、リテンションといった一連の人材戦略の作成を支援するAIツールを提供しています。同ツールには、組織のDEIレベルを測定する指標が組み込まれており、顧客企業はDEIを促進するための具体的なアクションプランを立てることができます。 https://lawandlabor.com/uncategorized/5-dei-tech-startups-looking-to-disrupt-the-market-in-2022/


McKinseyは、DEI戦略を積極的に導入している企業は平均収益以上を達成する可能性が35%も高く、業績も31%向上していると報告しており、DEIの取り組みはビジネスにも良い効果をもたらすと主張しています。しかし、ビジネス上の利点を強調して多様性の取り組みを正当化することが逆効果になる可能性もあります。エール大学とロンドン・ビジネス・スクールのチームが行った研究では、多様性を企業の利益と結びつけることにより、マイノリティの人たちの関心を失ってしまう可能性を示しています。この研究では、企業のウェブサイトなどで、多様性により業績が改善することを示唆するようなメッセージを掲載すると、マイノリティの人たちの多くは、自分のことを同じ集団に属する人と交換可能な存在だと考えてしまう傾向にあり、その企業への帰属感を持てないだろうと回答しています。 https://www.linkedin.com/pulse/importance-dei-john-shufeldt-md-jd-mba-facep/


最近では、DEIの取り組みを積極的に社内外に発信する企業が増えてきています。この動きは企業としてますます加速すると考えられますが、その中で従業員や一人ひとりの主体的な動きに焦点を当てる方が、社会やコミュニティから見ても信頼や共感が得られ易く、かつ結果もより良い方向に導かれるのだと思います。いま流行りのパーパス経営も一人ひとりの帰属意識(Belonging)を高めることが主要な目的になっています。個人と会社、ホームとコミュニティ、それぞれが各自にとって心地よい「居場所」になれば、より良い社会が実現されてくるのかもしれません。



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