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  • Hideya Tanaka

Issue 160 - 軍事産業に接近するテック企業

テクノロジーを戦争に使うことによる倫理的な懸念は存在するものの、そうした懸念を払拭しながら民間のテクノロジーを活用しようとする国際機構や各国の動きがここ最近加速しています。そこで今回のシアトルウォッチでは、テック産業と軍事産業の関係とその事例について見ていきたいと思います。

 

ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で、機微技術の重要性が高まっています。機微技術とは軍事に用いられる可能性の高い技術のことで、武器製造などの直接的な技術だけでなく、軍事転用されやすい民生技術を含みます。例えばAIや機械学習、量子コンピューターや量子暗号、バイオテクノロジー、ロボット工学なども機微技術になります。最近注目される動きの中に、世界のテック企業がこれまで以上に軍事産業に接近していることがあげられます。またNSCAI(米国人工知能安全保障委員会)の元事務局長であるYll Bajraktari氏は、この動きは大企業だけでなく、スタートアップにも共通すると述べています。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2671F0W1A021C2000000/


テック産業と軍事産業の関係は必ずしも友好的というわけではありません。例えば、2018年にはAIを軍事利用することに対して従業員の抗議と怒りを受けたことで、Googleは米国防総省の軍事プロジェクトProject Mavenから撤退したことはよく知られています。しかし、その一方で米国では政府に対してテック系企業は技術提供する責任を負うべきという考え方も高まっており、自社には国家安全保障に取り組むことを誇りに思う才能あるエンジニアがいると主張する企業も存在しています。MicrosoftのCEOであるSatya Nadella氏は、「我々が享受する自由を守るために民主主義で選出された機関に対して技術提供を躊躇することはない。」と述べており、Amazonの創設者であるJeffrey Bezos氏も、「もし大手テック企業が国防総省に背をむけたとしたら、この国は大変なことになる。」と語っています。 https://thebridge.jp/2020/10/anduril-air-force-abms-jadc2-pickupnews-the-first-part


さらに直近の大きな動きとしてNATO(北大西洋条約機構)は、2022年の6月末にイノベーションファンドを立ち上げることを発表しています。このファンドは、10億ユーロ(約1,400億円)を活用して主にディープテックと防衛分野のアーリーステージのスタートアップを支援・育成する予定で、これらの分野には、AI、量子技術、宇宙産業、サイバーセキュリティなどが含まれます。このNATO主導のファンドは、DIANA(Defense Innovation Accelerator for the North Atlantic)と呼ばれるアクセラレータとともに活動する予定です。 https://breakingdefense.com/2022/06/nato-leaders-establish-new-e1b-innovation-fund-accelerator/  


英国の国防省も同月に初の防衛AI戦略を発表しています。国防閣外大臣であるJeremy Quin氏は、「AIはかつて産業時代に石炭が不可欠だったように、今や戦略的国家資源である。」と示唆しており、民間セクターと協力しながら国防総省のすべての分野でAIを活用できるようにすると述べています。また、ドイツも1,000億ドルの軍事への資金投下の中で、研究研究とAI分野に5億ドル弱を計上しています。さらに米国防総省も、2022年度予算で科学技術プログラムに147億ドルを要求しており、AIプログラムや研究開発を支援するために約8億7,400万ドルを申請しています。 https://techmonitor.ai/technology/ai-and-automation/uk-defence-ai-strategy-mod


軍事産業に関与しているテック系企業には、米国やその同盟国の軍事機関向けに防衛・諜報機関向けのデータ解析ソフトなどを提供するPalantir、AIを搭載した軍事向けドローンと一連の監視システムを開発するAnduril、自動運転開発企業や米国防総省に対してAIや機械学習向けのデータラベリングサービスを提供するScaleAI 、空軍向けのトレーニングARシステムを提供するRed 6などが存在しています。


確かにAIやテクノロジーを戦争に利用することに対する倫理的な懸念は、技術が高度化するにつれてますます緊急性を増しており、米国防総省が6月に「責任あるAI戦略」と題した文書を発表したり、NATOもAI戦略で加盟国の自主的な倫理指針を定めています。これは、軍事への信頼を高めたり、より倫理的で追跡可能な方法でAIを使用することを目的としていますが、AIの軍事利用と倫理性の確保がどこまで両立可能なのかにはまだ多くの課題が残されています。 https://www.technologyreview.com/2022/07/07/1055526/why-business-is-booming-for-military-ai-startups/


慶応義塾大学の名誉教授である薬師寺泰蔵氏は、国家は技術で興り、そして滅びるという「テクノヘゲモニー」(技術覇権)を唱えています。これは、国家の安全保障は技術によって確保される面が大きいため、技術が国際システムの中での覇権に大きく関与するというものです。皆さんの中には、機微技術に関与している企業もあればそうでない企業もあるかと思いますが、軍事や戦争は常に時代や社会の変化の触媒であり、そこで活用されるテクノロジーは他の産業向けに転用されるケースも少なくありません。軍事技術は次世代の技術トレンドを常にリードしており、その視点で軍事産業とテック系企業の関わりを深く見ておくことは大切だと思います。

 

<軍事テックに関与するスタートアップ企業>

ご存じの方も多いように、Paypalの創業者で投資家のPeter Thiel氏が2003年に立ち上げたデータ分析企業である。防衛・諜報機関向けのデータ解析ソフトであるGothamと民間向けのデータ解析ソフトのFoundryを提供しており、膨大なデータを統合し、分析することで人間でも見落としてしまうパターンを見つけ出している。米諜報機関CIAのVC部門のインキューテルが出資し、現在も顧客である。また、米国陸軍、米国家核安全保障局、米沿岸警備隊、米連邦航空局、および米国疾病予防管理センターとも契約している。

同社は、Oculus VRの創設者であるPalmer Luckey氏が創設した軍事テクノロジー企業である。ICE(米移民税関捜査局)に、ドローンで撮影した映像とセンサーから得たデータで国境警備を行うバーチャル・ボーダー・ウォールと呼ばれるシステムを提供しており、同システムでは、地上の赤外線センサーが捉えた映像を、Latticeと呼ばれるAIで分析して適切な対応を行う。対人のみならず対ドローンにも対応しており、Ghostと呼ばれる監視用ドローンで上空から不審な動きや状況を察知し、敵のドローンを認識した場合には攻撃用ドローンのAnvilを急行させて、敵のドローンを地上に叩き落とす。

同社はAIや機械学習向けのデータラベリングサービスを提供するスタートアップである。顧客デベロッパーが音声、映像、写真などのコンテンツをAPI経由でScale AIに送ると、自動処理でソートとラベル付けをして人力でクオリティチェックまでして戻してくれる。同社の主要顧客にはGoogle系列の自動運転車開発会社WaymoやライドシェアのUberなどが含まれている。2022年1月には米国防総省との2億4900万ドルの契約を獲得しており、同省の自律システム、人間拡張、自然言語処理などにおける機械学習、深層学習、ニューラルネットワークのテスト・評価能力の開発を任されることになる。


Red 6は2018年にフロリダで設立したスタートアップで、空軍向けのトレーニングシステムであるATARS(Airborne Tactical Augmented Reality Systemを開発している。ATARSでは、飛行中の戦闘機内でヘルメット型のARデバイスを用いたトレーニングを行うことができる。同社は2021年9月に5年間で7,000万ドルの契約をアメリカ空軍から受注している。








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