今回は、Era of Hyper-personalized Media Deliveryというレポートの2回目の紹介になります。⾼度にパーソナライズ化された体験の提供は、メディア産業に限らず他の産業でも有効であり、ここで実験されている⼿法は、あらゆる産業においてパーソナライズ化の重要な教訓になっていくでしょう。
Webrainが、2019年にEra of Hyper-personalized Media Deliveryというレポートを発行した当時、毎週のように新しい動画ストリーミングサービスが登場していた。実際、2020年の初めには、世界中で200以上のストリーミングサービスが稼働しており、人気の映画やシリーズ番組、ニッチなコンテンツまであらゆる動画が消費者に提供されてきた。誰もが楽しめるコンテンツが揃っているこの状況は、消費者にとって楽園のように感じられるかもしれない。
しかし、選択の多さは不満足をもたらすこともある。この現象はTyranny of Choice(選択による支配)と呼ばれ、あまりにも選択肢が多いと私たちの脳は疲労してしまい、意思決定を困難にするのである。The Paradox of Choiceという書籍の著者であるBarry Schwartz氏は、「現在における選択とは、自由や解放を意味するのではなく、逆に拘束に繋がる。それは暴力的な支配にも感じる。選択肢があることは良いことであるが、だからと言って多ければ多いほど良いとは限らない。」と述べている。また、Bank of America Merrill Lynchの副社⾧でシニアUX研究者でもあるColleen Roller氏は、「選択肢があまりにも多い状況では、人々は正しい判断をしようというプレッシャーから不安に陥る。後悔したくないという心理から間違った選択をすることを常に恐れてしまう。」と説明している。 https://www.uxmatters.com/mt/archives/2010/12/abundance-of-choice-and-its-effect-on-decision-making.php
では、消費者はどのようにしてこの選択による支配を克服して、本当に見たいコンテンツを探し出すことができるのだろうか。ジャーナリストのAlexandre Gonfalonieri氏が指摘しているが、従来のターゲティング手法では、市場を似たような好みを持つグループでセグメントし、そのグループごとにマーケティングを行ってきた。この手法はある程度の効果が見込めるが、同じセグメントの中にいる人たちは、誰もが同じ好みやニーズをもっているかのように扱われてしまう。しかし、映画や音楽コンテンツのように何千、何万もの選択肢があるようなものを扱う場合、全く同じものを好む人を見つけることはますます困難になる。この問題に対処するために、一人ひとりの消費者の好みやニーズに合わせた体験(コンテンツと広告の両方を含む)を可能にするHyper-relevance(高度な関連性)に注目が集まっている。 https://blog.goodaudience.com/the-age-of-hyper-personalization-and-ai-2400d7efcb4
幸いなことに、ストリーミングサービスは双方向なため、消費者が好きなコンテンツを選択して楽しんでいる間、プロバイダーが消費者の視聴に関する豊富な嗜好データを収集することができる。このデータは、消費者が何のコンテンツを、いつ、どこで、何のデバイスで見たいのかをより正確に明らかにするのに役立ち、Hyper-relevance(高度な関連性)を提供するための鍵となる。例えば、ある人は火曜日は自宅のテレビでクリント・イーストウッドの映画を視聴し、日曜日は裏庭のベンチに座ってタブレットを通じてサッカーを観戦し、さらに毎朝キッチンのスマートスピーカーでニュースを聞いていることを明らかにすることができる。
既に、さまざまなプレーヤーがデータを用いて一人ひとりの消費者に高度な関連性(Hyper-relevance)を持ったコンテンツや広告を提供し始めている。その中には、視聴者がストーリーの展開を選べる分岐式のドラマを提供するNetflix 、視聴者のストーリー選択に基づいて別々の動画広告を表示させるインタラクティブなシステムを導入しているEko、AIやマシンラーニングによって高度にパーソナライズされたキャンペーンを可能にするAdobeやZaiusなどが含まれている。
1996年にビル・ゲイツ氏は「今のTV放送と同じようにインターネット上ではコンテンツが最もお金を生み出す存在になる。」と予測し、よく引用される「コンテンツは王様(content is the king)」という言葉を生み出した。コンテンツの重要性が今すぐ薄れることはないものの、Webrainでは、「消費方法こそが王様(consumption is king)」という時代が目の前に来ていると考えている。現在運営されている200以上のストリーミングサービスの中でトップに踊り出るのは、最終的には、コンテンツを消費する方法にHyper-relevance(高度な関連性)を与えることができたプロバイダーになるだろう。そして、このような高度にパーソナライズされた体験の提供は、メディア産業に限らず他の産業でも有効であり、これらのストリーミングサービスがそれぞれの消費者を満足させていく手法は、あらゆる産業において重要な教訓になると考えられる。
<Hyper-relevance(高度な関連性)なコンテンツ配信を行うプレイヤー> Netflix (http://www.netflix.com) Netflix は、視聴者がストーリーの展開を選べる番組を開発しており、同番組は、子供向けのPuss in Book: Trapped in an Epic TaleやBuddy Thunderstruckという番組と同様に、視聴者の選択が物語の行方に影響を与える仕組みになっている。同フォーマットを採用しているBandersnatchと呼ばれる番組は、SFドラマであるBlack Mirrorの制作者であるCharlie Brooker氏とAnnabel Jones氏の話し合いから生まれた。彼らは、Netflixのエンジニアが開発したBranch Managerと呼ばれる脚本作成ツールを用いることで枝分かれするストーリー展開を可能にしている。Bandersnatchのエンディングは5 つあり、平均90分でいずれかのエンディングにたどり着く仕組みになっている。
Eko (https://helloeko.com) Ekoが制作しているインタラクティブなドラマ番組では、重要なシーンで視聴者がストーリーの選択をリアルタイムで行うことができる。Walmartから2.5億ドルの出資を受けたEkoは、Epic Nightと呼ばれる120分の番組を制作している。視聴者は60秒から90秒に1回の頻度でストーリー展開の選択を求められ、そのパターンは全部で3,000通りにもなる。同番組は、EkoのプラットフォームとWalmartのVuduと呼ばれる動画ストリーミングサービスで提供される予定である。また、同社はSparksと呼ばれるインターラクティブな広告を導入しており、これは視聴者のストーリー選択に基づいて別々の動画広告を表示させる仕組みである。さらに、デジタルメディア企業であるBuzzfeed向けのインターラクティブな動画クイズも制作している。 Adobe Experience Cloud (https://www.adobe.com/experience-cloud/use-cases/contentpersonalization.html) Adobeは、顧客体験の管理に特化したプラットフォームであるAdobe Experience Platformを提供している。オープンで拡張可能なアーキテクチャーに構築されている同プラットフォームは、リアルタイムでの顧客プロファイルの作成、途切れのない顧客に関するインテリジェンスの提供を行っている。これによって、複数のチャネルを通じて適切なメッセージを提供するといった顧客中心のマーケティングが可能になる。Adobe Experience Platformは、顧客に関連性のないメッセージを提供するようなマスマーケティングはもはや不要と考え、ブランドのプロモーターになるような顧客とのエンゲージメントを目指している。 Zaius (https://www.zaius.com/solutions/personalization) Zaiusは、マシンラーニングを活用したレコメンデーション機能の最適化を行うツールを提供しており、マーケッターが適切なコンテンツを適切なタイミングで顧客に提供することを支援している。パーソナライゼーションに特化した同ツールは、適切な商品配置、購買行動を促すキャンペーン作成、買い物かごのパーソナライゼーション、コンバージョン改善、購入後の顧客とのワン・トゥ・ワンでのエンゲージメント、在庫切れや入荷待ちの状況が改善された後の顧客への対応をマーケッターが行えるようにしている。また、Zaiusでは匿名状態でも顧客の購買行動を追跡することが可能で、匿名顧客に対するカスタマイズメールの作成サービスも提供している。
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