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SW 228 –トランプ関税の地政学的な見方

  • Webrain Production Team
  • 4月13日
  • 読了時間: 5分

今回のSeattle Watchでは、先日発動されたトランプ政権による関税政策の実態と、その影響について取り上げます。アメリカの個人消費は、世界経済全体の約10~15%を占めるとも試算されており、日本企業にとっても無視できない重要な市場であることは間違いありません。そのため、提供する商品によっては米国内での製造への切り替えなど、一定の対応策が求められてきます。しかし同時に、ポスト・グローバル化に突入する中で、より中長期的な視点で米国市場を捉え、拙速な対応に陥ることなく、慎重に対策を講じていくことが重要にもなってきます。

米国のトランプ大統領は4月2日、輸入製品すべてに新たな関税を発動しました。この政策では、100カ国以上からの輸入品に一律10%の基本関税が適用され、うち約60カ国には税率が上乗せされます。これによって、国・地域別の関税率は、中国には既存の20%に加えて34%の関税が上乗せされ、EUには20%、台湾には32%、インドには26%、そして日本には24%の関税が課されます。中国はすぐに34%の報復関税をかけると表明したため、トランプ氏は追加関税を50%引き上げると発表し、さらに中国も同じ税率を上乗せするなど、米中貿易戦争が激化しています。(4月10日に、報復措置を打ち出さなかった国・地域に対する上乗せ部分の関税は90日間停止すると発表)


この関税は「相互関税」と呼ばれており、貿易相手国の関税率や付加価値税などの非関税障壁を踏まえ、米国の関税を同等水準に引き上げるという建前です。しかし、実際には製品ごとに関税率が異なるため、各国と完全に均等な水準に調整することは困難です。そのため、トランプ政権は、「各国との貿易赤字額を米国への輸出額で割り、その数値をさらに2で割る」という、非常に単純な計算式で関税率を算出しています。結果として、米国に対する貿易黒字が大きい国ほど高い関税を課される仕組みとなっており、特定国を狙い撃ちにした政策と言えます。


また、自動車と自動車部品に対しては別途、25%の追加関税(基本関税や相互関税は対象外)が発表されました。4月3日からは、自動車に対する関税が、乗用車で既存の2.5%から27.5%に、トラックで最大25%から50%に引き上げられます。自動車部品は5月3日から対象になり、エンジン、トランスミッション、リチウムイオン電池などの主要部品だけでなく、自動車用コンピューターも対象になります。


トランプ氏は、これらを「経済的独立の宣言(declaration of economic independence)」と位置づけ、MAGA(Make America Great Again:米国を再び強くする)政策を加速させる方針ですが、米国で暮らす人たちのこの関税に対する反応はさまざまです。「しばらくは物価が上がり、買い物に慎重にならざるを得ないが、長期的には今の莫大な財政赤字から抜け出し、経済や国民全体にとって良い結果につながる。私たちは長い間、世界の経済的な踏み台のような存在だったが、それをもう終わらせなければならない。」や「アメリカの製造業に再び投資を呼び込むには、こうした措置が必要である。たとえ30〜40%でも再建できれば、かなりの雇用と収入になる。」といった肯定的な意見がある一方で、「401k(企業型確定拠出年金制度)の運用成績も悪く、年金も不安定である。関税がアメリカの国際的地位に貢献するとは思えない。」や「年金資産など、不安や心配でいっぱいである。トランプのやっていることで他国がアメリカを嫌うようになるのではないかと思う。大統領の言動はあまりに突飛で、ついていけない。」などの否定的な声もあります。


トランプ氏の関税政策を受けて、株価は世界的に一旦急落し、新型コロナウイルスのパンデミック以降で最大の下落幅を記録するなど、市場に大きな混乱をもたらしています。4月3日と4日の2日間の下落で、米国株式市場からは約6.6兆ドル(約990兆円)の株主価値が失われ、S&P500は同週に9.08%の下落率を記録しました。(相互関税の90日間の停止によって、過度な不安は払しょくされ、米国株市場は戻り基調を描いています。)さらに、中国やEUが米国に対する報復措置を表明する中、全面的な貿易戦争への懸念が強まり、世界的な景気後退リスクが一層高まっています。


著名な政治学者であり、Eurasia Groupの代表でもあるイアン・ブレマー氏は、「これは新たな時代の幕開けであり、私たちはポスト・グローバリゼーションの時代に突入している」と述べ、今回の関税政策を中長期的な視点から分析しています。同氏は、短期的には多くの国が関税による損失を最小限に抑えるべく、米国との取引関係を模索し、製造拠点を米国へ移すなどの対応を取ると予想しています。実際、ホンダは新型車の生産地を従来予定していたメキシコではなく米国に移す決定を下しており、自動車業界向けのLCDディスプレイを供給するジャパンディスプレイも、関税回避策の一環として、一部製品の米国内での生産を検討していると発表しています。Reutersの調査では、同様の方針を模索する企業は数百社に上ると言います。


一方で、中長期的には、米国という存在そのもの、そしてその不確実性・変動性・高コストといったリスクから、各国が自国経済を守るために、リスク分散(ヘッジ)を進めるようになるとブレマー氏は見ています。確かに米国市場は大きいですが、世界で消費される製品やサービスの大半は米国以外で消費されており、この傾向は人口動態の変化に伴い今後さらに強まると考えられます。こうした環境下にでは、すべてを米国で生産する合理性は薄れていくでしょう。そのため、ブレマー氏は、欧州諸国がAI以外の分野においても中国など他国との関係を強化し、ヘッジの動きを強めていくと指摘しています。その中で最も印象的だったのは、ブレマー氏の「米国人は忍耐強いとは言い難い。」という発言です。トランプ氏は「短期的にコストがかかっても構わない。たとえ車の価格が上がったとしても、長期的にはアメリカにとって良いことだ」と述べていますが、極めて短期志向の強い米国人が果たしてそれに耐えられるのかは不透明と伝えています。


トランプ政権は今年1月に発足したばかりで、今後4年間の任期が残されています。これらの動きをこの4年間だけのことと見切って判断していくのか、より長期的な視点で米国をとらえていくのか、判断が求められてきます。ブレマー氏の言葉を借りると、「これは短距離走ではなくマラソンである」となります。米国の政策に一喜一憂するのではなく、より中長期的な視点に立ち、この地政学的な変化がメガトレンドに与える影響を分析しながら、自社にとって最適な戦略とは何かを常に考え続けていく姿勢が大切ではないでしょうか?


Webrain Production Team

 
 
 

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