今回の Seattle Watch では、医療・ヘルスケア領域での生成AIの活用について紹介します。生成AIは、看護師や医師をスケジュール管理や書類作業といった単純業務から解放するだけでなく、画像診断の精度向上や新薬開発プロセスの短縮などの分野でも大きな成果を上げ始めています。
近年になって、AIほどニュースを席巻した技術は他にありません。AIの普及スピードは驚異的で、事実上あらゆるビジネス分野に広がっています。その勢いは衰える気配を見せません。特に注目されているのが生成AI(Generative AI)であり、テキスト、画像、動画、音声といった新しいコンテンツを生み出すことができます。AI生成物の著作権に関する問題や、生徒が学校の宿題をAIにやらせてしまうといった問題に焦点が当てられることがありますが、生成AIがそれ以外で生み出している素晴らしい成果を見落とすべきではありません。
今回のSeattle Watchでは、文字通り命を救う可能性を秘めた分野、すなわち医療システムにおける生成AIの活用を紹介していきます。生成AIは、医療診断といったアプリケーションだけでなく、日常的な業務にも革新をもたらす力を持っています。医療分野で働いたことがある人なら誰もが知っているように、膨大な時間が書類作業に費やされています。患者とのやり取りは、入院、治療、請求、フォローアップを適切に行うため、すべて記録に残す必要があります。ある研究によると、看護師は業務時間の27%を記録作業に費やしており、別の調査では75%の看護師がこの作業が患者への適切なケアを妨げていると感じていると報告しています。
適切にトレーニングされた生成AIを医療機関に導入すると、看護サマリー(患者の病歴や入院中の治療内容、容態などを記載した書類)の作成、専門的な臨床コンテンツの提供、ケアに関する指示の多言語翻訳、医療従事者による検査サマリーの作成などを支援することができます。McKinseyの調査によると、生成AIの最も大きな利点は、臨床および医療従事者の生産性向上であり、Harvard Medical Schoolのような世界トップの機関がAI関連のコースをカリキュラムに加えるのも不思議ではありません。
多くの新技術とは違って、生成AIは将来的に可能性があるといった仮説的な探求ではなく、すでに多くの現場で活用され始めています。例えば、Mercy Health、Baptist Health、Intermountain Healthcareなどの病院では、管理業務(患者の予約管理や訪問スケジュールのリマインダー送信など)をAIエージェントやチャットボットで処理しています。また、患者の登録、振り分け、ITヘルプデスクのチケット作成、処方薬の再発行といったタスクの自動化にも生成AIが導入され始めています。
AI企業のPalantirは、Cleveland Clinic、HCA Healthcare、Tampa General Hospitalといったい医療機関と連携して、人員配置やスケジュール管理、キャパシティマネジメントの向上に取り組んでいます。その成果は驚異的で、看護師のスケジュール管理における事務作業負担を90%削減し、ある病院では600万ドルのコスト削減、病床割り当てに費やす時間の75%短縮を実現しています。
さらに、生成AIには、Retrieval-Augmented Generation(RAG)と呼ばれる技術があります。これは、大規模言語モデル(LLM)によるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせることで、回答精度を向上させることができるというもので、新しいデータリソースを取り込むための追加トレーニングが不要となり、迅速によりスマートな内部アシスタントや検索システムを構築できます。例えば、特定の疾患に関する新しい研究データが公開された場合、それを生成AIが使用する既存の資料に即座に取り込むことが可能なため、システムを更新するためのエンジニアが不要になります。https://www.forbes.com/sites/shashankagarwal/2024/05/25/generative-ai-the-new-lifeline-to-overwhelmed-healthcare-systems/
もちろん、医療行為のより多くをAIに任せるという考えに対して、一部の人々が懸念を抱くのも事実です。医療やヘルスケアの意思決定は、これまで一貫して人間によって行われてきました。このプロセスは私たちが長年にわたり慣れ親しんできたものであり、命に関わる重要な分野に根本的に異なる仕組みを導入する際には、慎重な検討が必要です。しかし、生成AIが使用される多くのケースでは、AIが提示した結果を解釈し、それに基づいて最終的な行動を決定するのは人間です。生成AIは、いわば人間の優秀な右腕として機能するものであり、特に迅速な対応が生死を分ける医療の現場において、そのさらなる活用が期待されています。
Wolters Kluwerが2024年4月に発表した調査によると、「生成AIを医療診断に使用することを患者が不安に感じると思うか?」という質問に対し、医師のうち「はい」と答えた人はわずか5人に1人でした。一方で、患者である一般の米国人に同じ質問をしたところ、5人中4人が「はい」と答えています。この結果は、医療従事者と患者(消費者)の間で生成AIへの認識に大きな隔たりがあることを示しています。
そのため、医療・ヘルスケア領域における生成AIの普及には、患者に安心を与えるために透明性と責任ある説明を提供することが求められます。その説明には、AIの学習データが医療専門家によって作成されたものであることや、AIの開発ベンダーに関する情報が含まれるべきでしょう。また、生成AIを活用した医療・ヘルスケアサービスが、従来のサービスよりも安価に提供されるといった経済面でのインセンティブも、今後重要になってくると推測されます。
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