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  • Hideya Tanaka

Issue 185 - 量子版ムーアの法則

最近、量子コンピューターの開発や実用化に向けた動きが活発化しています。そこで今回のSeattle Watchでは、量子コンピューターの仕組みについて簡単に触れたのちに、実用化までのタイムライン、そして想定されるユースケースについて見ていきたいと思います。

 

量子コンピューターは、従来のコンピューターをはるかに超える計算能力によって、社会に大きな変革をもたらすと期待されています。量子コンピューターの歴史は、1980年に米国の物理学者であるPaul Benioff氏が、量子でコンピューターと同じ仕組みが作れることを実証したことに端を発しており、その後、量子コンピューターの開発は着実に進み、Boston Consulting Groupでは、量子コンピューターが15~30年以内に最大8,500億ドル(約120兆円)の価値を創出するとの予測を2021年に発表しています。 https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2021/building-quantum-advantage


「量子」とは「粒子」と「波」の性質をあわせ持った微少な物質やエネルギーの単位のことで、この量子の世界で起こる物理現象を応用することで超高速の計算を可能にします。この物理現象とは、量子重ね合わせ(量子力学の性質の1つで、複数の状態が共存して存在すること)や量子もつれ(一方の状態が確定するともう一方の状態に影響すること)といった不思議な現象のことです。従来のコンピューターは0か1しかないビットを基本単位とした世界ですが、量子コンピューターでは、量子現象がもたらす0と1が重ね合わさった量子ビットという状態を活用しています。この量子ビットによって、膨大な情報を一度に扱えて、超高速の計算が可能になります。 https://social-innovation.hitachi/ja-jp/article/quantum-computing/


直観的には理解しにくいですが、AIと量子コンピューターのサービスを提供するグルーヴノーツ代表の最首英裕氏は、物理現象で答えを導くことについて、「例えば床のへこんでいる部分を調べたいとき、従来のコンピューターは基準点からの距離を測って低い所を見つけるが、量子コンピューターは水をまいて、水がたまったところが低いと分かる。計算ではなく観測でぱっと答えがでるイメージ。」と解説しています。 https://www.sankei.com/article/20230602-SRG2QXNDJRJONPFKBPBJKB3FJ4/


量子コンピューターには量子ゲート方式と量子アニーリング方式という2つの動作方式があります。量子ゲート方式は、従来型コンピューターの演算素子であるゲート(論理回路)を量子計算用に改造した方式で、汎用的な計算を行える万能型です。この分野では、IBMやGoogleなどの大手テック企業が開発をリードしています。この方式による量子コンピューターの実用化は2030年頃と予測されています。実用化には100万量子ビット以上の大規模集積化と非常に壊れやすい量子ビットのエラーを訂正する誤り訂正の技術がカギと言われており、Googleでは、2029年までに100万量子ビットを搭載した量子コンピューターを開発するロードマップを出しています。 https://www.theverge.com/2021/5/19/22443453/google-quantum-computer-2029-decade-commercial-useful-qubits-quantum-transistor  


もう一つの量子アニーリング方式(イジングモデル)は、膨大な組み合わせの中から最適な解を見つける「組み合わせ最適化問題」に特化した量子コンピューターで、カナダのD-Wave Systemsがこの方式の量子コンピューターを世界で初めて製造しています。この方式はすでに実用化フェーズを迎えており、さまざまな活用事例が出てきています。例えば、2017年に独のフォルクスワーゲンが中国の北京で実施した実験では、渋滞解消のための道路交通量の最適化に、D-Wave Systems の量子アニーリングマシンを活用し、走行するタクシーがどのような経路を通れば渋滞が緩和されるかを導出することに成功しています。 https://www.volkswagen-newsroom.com/en/press-releases/research-project-successful-volkswagen-it-experts-use-quantum-computing-for-traffic-flow-optimization-1303


量子コンピューターが本格的に普及した場合、さまざまな分野で大きな影響が見込まれます。米国のニュースサイトのZDNetでは、量子コンピューティングのユースケースを8つに分けて紹介しています。 https://www.zdnet.com/article/quantum-computers-eight-ways-quantum-computing-is-going-to-change-the-world/


1つ目は創薬分野で、量子コンピューターによって膨大な計算量が求められる分子シミュレーションを効率化することで、有効な新薬の設計期間を短縮させることが期待されています。実際、スイスの製薬大手のRocheは、英国の量子コンピューティング企業のQuantinuum (旧称:Cambridge Quantum Computing)と提携して、アルツハイマー病の研究を強化しています。2つ目は電池開発分野で、より高性能な電池に必要な新素材を開発するための分子シミュレーションでの活用が期待されており、トヨタ自動車は東京に拠点を置くQunaSysと共同研究を始め、EV電池などに使う素材開発のシミュレーションに取り組んでいます。


3つ目は天気予測です。量子コンピューターは無数の環境要因をシミュレーションに反映させることで、大嵐やハリケーン、熱波を生み出す仕組みをモデル化できる可能性があります。これにより、自然災害への対策強化や、気候変動の研究への寄与が期待されています。4つ目は銀行業務の効率化です。JP Morgan、Goldman Sachs、Wells Fargoといった金融機関は、モンテカルロシミュレーション(金融資産の価格を決定する際に、さまざまなオプションや株式、通貨、商品に内在するリスクを考慮するための手法)に量子コンピューターを活用しようと検討しています。


5つ目は言語処理です。この分野は量子自然言語処理(QNLP)として知られており、文章を構文解析して量子回路に埋め込むという方法によって、自動対話、テキストマイニング、言語翻訳、テキスト読み上げ、言語生成、バイオインフォマティクスなどの更なる進歩が期待されています。この分野では、QuantinuumがlambeqというオープンソースのQNLP用ソフトウェアツールキットを提供しています。


6つ目は巡回セールスマン問題の解決です。これは、移動時間が最も短く、移動コストが最も安いルートを考えるという組合せ最適化問題で、サプライチェーンや配送ルートの最適化でも直面する問題です。サプライチェーンが複雑化する中で、従来型アルゴリズムではこの問題を解決することが困難になってきており、一度に複数の計算を実行できる量子コンピューターの導入が期待されています。7つ目は 交通渋滞の緩和です。これは、量子コンピューターによって信号機のタイミングなどを最適化することで、車両のスムーズな流れや、交通量の多い交差点での渋滞の回避を目指すというもので、移動中の待ち時間を最大20%短縮できる可能性があるという調査結果も出てきています。


8つ目は機密データの保護です。超高速の計算処理能力をもつ量子コンピューターが普及すると、現在使われている最先端の暗号化アルゴリズムが破られてしまう可能性があります。そこで、ポスト量子暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)と呼ばれる量子コンピューターによる暗号解析攻撃に対して安全であると期待される暗号アルゴリズムの開発が進んでおり、米国立標準技術研究所(NIST)はポスト量子暗号(PQC)の標準技術の候補として、4つの暗号アルゴリズムを選定しています。


現在のテクノロジーを支える半導体産業では、半導体のトランジスタ集積率(≒半導体の性能)が18か月で2倍になるというムーアの法則の限界に挑戦をし続けていますが、量子コンピューター方式のひとつである超伝導量子コンピューターの集積度も、指数関数的に年々増加しており、このトレンドは「量子版ムーアの法則」と呼ばれています。量子コンピューターの技術進化も、これまでの技術と同様にますます加速しているため、ビジネス機会を逃さないように常に注視しておく必要がありそうです。 https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220518.html



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