今回のSeattle Watchでは、大手テック企業によるレイオフの波について紹介していきます。今回の大規模なレイオフは景気後退が招いたものであることは事実ですが、大手テック企業にとっては肥大化しすぎて自らが引き起こした結果という見方もあります。しかし、このレイオフの波は新たな産業に人材がシフトするきっかけにもなっているのです。
米国の再就職支援企業であるChallenger, Gray & Christmasが発表したデータによると、2022年の米国のIT企業による人員削減の数は9万7,171人となり、前年比で649%増加したと発表しています。これはITバブルが崩壊した2002年以来、20年ぶりの高水準です。 https://www.challengergray.com/blog/the-challenger-report-job-cuts-in-2022-up-13-over-2021/
日本でも報道されているように、このレイオフの波は大手テック企業で特に顕著で、ここ数カ月で多くの企業が大規模な人員削減を発表しました。Twitterでは、イーロン・マスク氏のCEO就任をきっかけに、昨年11月に全世界の従業員7,500人の半分に当たる約3,700人に解雇を通告しました。Metaも同月に、景気の減速傾向と広告収入減少を理由に全社員の約13%にあたる1万1,000人以上を削減すると発表しています。今年に入って、Amazonが不確実な経済状況を理由に同社史上最大となる1万8,000人のレイオフを発表し、Microsoftも従業員の5%弱となる約1万人を削減すると発表、さらには、Googleも1万2,000人の従業員を解雇することが決定したと発表しました。 https://www.cnbc.com/2023/01/18/apple-had-slower-headcount-growth-than-tech-peers-no-layoffs-yet.html
米国の大手テック企業で大規模なレイオフが起きている背景には、急激なインフレと利上げにより景気後退の懸念や経済の先行き不安があることは事実ですが、その他にも要因があると考えられます。というのも、大手テック企業はこれまでの好景気やパンデミックによる巣ごもり需要も影響し、やや楽観的に事業を急速に拡大してきた経緯があります。そして熾烈な人材獲得競争も重なり、採用活動を加速させてきました。CNBCによると、Googleの親会社であるAlphabetは2013年以降、毎年10%以上のペースで従業員を拡充してきました。Metaも2012年以降、毎年数千人規模で従業員を増やし、2021年には1万3,000人を雇用しています。Amazonに至っては、2020年に世界で50万人を新規採用し、2021年末時点での全世界の従業員数(フルタイムとパートタイム含む)は160万人以上に達しました。 https://forbesjapan.com/articles/detail/60527
つまり、これらのテック企業はある意味で肥大化しすぎており、急増するレイオフは半ば自ら引き起こしたものと言えます。実際、イーロン・マスク氏が従業員の解雇を始めたとき、同社の共同創設者のジャック・ドーシー氏は、「企業規模の拡大を急ぎすぎた。皆がこのような状況になった責任は自分にある。」と自らの責任を認めるツイートをしています。また、Metaがレイオフをした際も、CEOのマーク・ザッカーバーグ氏は行きすぎた事業拡張の過ちを認めています。この点で、Appleだけは大規模な解雇を免れていますが、Forbes誌はその理由について、Appleは長年にわたって慎重に従業員の数を増やしており、2016年以降は同じ採用率を概ね踏襲してきたからだと説明しています。少なくとも現時点では多くの従業員の雇用が守られているという点で、アナリストからは先見の明があったCEOのティムクック氏を「殿堂入りのCEO」と称賛しています。 https://finance.yahoo.com/news/apples-tim-cook-is-a-hall-of-fame-ceo-who-will-avoid-layoffs-analyst-predicts-193609193.html
大規模なレイオフは、人員整理にかかるコストやレピュテーションリスクなどの面では大きなデメリットがありますが、逆に早い段階での決断は投資家からは評価されます。そして今回のレイオフについては、自社のリソースを次のビジネスチャンスや迫りくる脅威にシフトさせるための積極的な戦略との見方もあります。Microsoftは、大規模なレイオフを行うと同時にAIチャットボットのChatGPTの開発元であるOpenAIに対して複数年にわたって数十億ドル規模の投資を行いAI の進歩を加速させると発表しています。その一方で、GoogleはChatGPTの登場が自社のビジネスを根底から覆しかねない大きな脅威として、社内でコードレッド(非常事態宣言)を発動し、ピチャイ氏はAI開発を強化することの必要性を幹部らに訴えています。より具体的には、ChatGPTに対抗すべくAIベースの大規模言語モデル「LaMDA」を活用したチャットボットのBardを開発しています。 https://news.microsoft.com/ja-jp/2023/01/25/230125-microsoftandopenaiextendpartnership/
ここまでは、主に米国のテック市場の大規模なレイオフについて紹介してきましたが、米国経済全体を見るとまた違った現状が見えてきます。米国のニュースサイトのAxiosによると、米国のテック市場は米国経済全体の2%にあたる約500万人しか雇用していないため、経済全体への影響は現時点では限定的で、2023年1月の米国全体の失業率は3.4%と半世紀ぶりの低水準を記録しています。また、民間調査会社のADPによると、米国の大企業は同月に15万1,000人の雇用を削減していますが、中小企業の雇用は非常に堅調で、全体では23万5,000人の雇用増となっています。そのため全体で俯瞰してみると、雇用への需要はまだ強いと見て取れます。 https://www.axios.com/2023/01/06/jobs-report-december
大手テック企業でレイオフされた人たちも、すぐに他の仕事が見つかっているというデータもあります。Business Insider誌によると、解雇された労働者の72%は3カ月以内に仕事を見つけており、そのうち半数以上が前職よりも良い報酬を獲得していると報告しています。(ただし、このままレイオフの波が続けばこのトレンドも変わる可能性があります)また、大手テック企業を出た人たちが向かう先で人気なのは、気候変動などに取り組むグリーンテック企業だという情報もあります。前回のSeattle Watchでも、「テック業界は気候テックの世界に変容しつつある。」というアナリストの分析を紹介しましたが、テクノロジー投資全体における気候テックへの投資は2017年に3%だったものが、2022年には16.3%の割合占めるようになっており、投資も人材も集まっています。ミレニアム世代やZ世代が多く占めるIT人材では、大手テック企業でECサイトの商品広告のクリックレートを上げるような仕事ではなく、社会や環境により直接的に良い影響を与えたいという価値観を持った人も増えているも、その背景にあると考えられます。 https://www.businessinsider.com/tech-layoffs-workers-new-jobs-salary-raises-2022-12
興味深いことに、テクノロジーの歴史を振り返るとGoogleやAmazonなどのプラットフォーマーから気候テックに人材が流出する流れは決して新しいものではないことが分かります。現在のプラットフォーマーの主戦場の1つであるアドテク(インターネット広告)が誕生したのは、2008年のリーマンショックによって職を失った金融工学のエンジニアが、広告業界に流れて、株式市場で導入されていたオークションの仕組みを広告に応用したと言われています。つまり、景気後退に今後向かう中で人材のシフトが再び起きており、エンジニアたちはこれまでのプラットフォームビジネスで培ってきたAIやデータの分析などのテクノロジーを気候変動という新しい市場に持ち込もうとしていると考えられます。 https://japan.cnet.com/article/35060927/3/
「歴史は繰り返す」ではないですが、過去から学べることは多くあります。人材のシフトや新しい職種の誕生(Web3人材や量子人材など)を見ていくことで、新しいビジネスチャンスに気づくことも多いと思います。
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